2016年11月16日

歴史を知らへんよね・・・

歴史を知らへんよね・・・

 「古式に則った伝統の儀式」・・・

 この言葉を耳にすると、「そうなんや・・・古〜〜〜くから連綿と途絶えず伝わって来ている、由緒ある立派な儀式が執り行われたんや!!!」と・・・

 実際に、そのような儀式がいつからどのような形で始まり、誰により今日まで伝統されてきたのかも知らないまま・・・

 で、最近この言葉を耳にしたんが、三笠宮が100歳で亡くなりはって、その葬儀の「斂葬(れんそう)の儀」が執り行われた時のニュースで・・・

 この三笠宮と言う人は、1966年に「御寺(みてら)泉湧寺を守る会」の初代総裁を務めてはったそうで・・・

 30年間も総裁を・・・

 この京都にある泉湧寺は、皇室の菩提寺だったそうで・・・

 鎌倉時代の初めに後鳥羽上皇が泉湧寺で出家して以来、四条天皇から明治直前の孝明天皇まで、天皇・皇族の葬儀は泉湧寺で行われてきたそうです。。。

 で、この泉湧寺に、霊明殿という建物に、天皇家と皇族歴代の位牌が収められてるんやて・・・

 それを、明治になる時に、政府が天皇を神とする国家神道を作り上げるために、皇室がお寺で葬式をしたり仏さんや位牌を拝んでいては具合が悪いんで・・・

 御所が東京に移される時に、御所の仏間にあった歴代の位牌を泉湧寺に預けて、明治天皇の葬儀は神式にしたんやそうです・・・

 で、実は鎌倉時代の仁治三年(1242)以降、江戸時代の終わりまで、620年間は泉湧寺で葬儀が執り行われて来ていたという事です。。。

 そんなこんなで、先日の古式に則った伝統の儀式は、明治に作られたものだったようです・・・

 ということは、皇室の葬儀が連綿と神式で行われてきたわけではなく、葬儀を神式に限定し火葬ではなく土倉に限ったのは明治政府だったのですね。。。

 ほんまに歴史を知らへんということを、痛感させられました。。。

 
posted by こてっちゃん at 17:16| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
近代日本は、天皇さんの位置づけを変える事で、自身の政権の正統性を確認していたのでしょう。
今も「長州藩」の総理大臣なのは偶然では、無いでしょう。
Posted by うるとらまんたろう at 2016年11月18日 08:09
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