お葬式が・・・
昨日、門徒のHさんが亡くなられ、今日お通夜で明日お葬式に・・・
ひと月半ほど前にお参りした時に出会ったのが最後になってしまいました・・・
その時のお顔のまま、なくなってはりました。ホンマに目の前で寝てはるみたいに・・・
でも、額に手を当てると冷たさが、静かに伝わってきました。。。
1945年10月3日に生まれはって、2012年5月17日に亡くなれ、68年の生涯を生き切りはったのです。。。
南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏・・・
2012年05月18日
2012年05月16日
「あんたも、死ぬまで泣きなよ!!!」
「あんたも、死ぬまで泣きなよ!!!」
今日16日はHさんとこへ朝からお参りに・・・
で、今日は祥月命日。。。
一緒に正信偈をお勤めし、いつものように四方山話・・・でも、高校生で亡くなった息子さんの話に当然なるわな。。。祥月やもん・・・
で、その息子さんは、もう20年以上も前に亡くなってはるんやけど、同級生の子らが、毎年欠かさずお墓参りに来てくれていて、今朝も、お墓に参ってきたら、その彼らがお花を供えてくれていた・・・そうです。。。
そんな話を聞いていると、Hさんのお母さんが、99歳で亡くなる時に「あんたも、死ぬまで泣きなよ!!!」って言われたんやと教えてくれはりました・・・
そのお母さんも、息子さんを戦死で、亡くされていて、自分が亡くなるまで息子さんのことを思いながら、そして涙しながら生きて来はってて、Hさんも息子さんを亡くしてまだ、2年ほどしかたっていない時に、こう言われた・・・っと。。。
「あんたも、死ぬまで泣きなよ!!!」この言葉が、ず〜〜〜っと残っている・・・っと。。。
泣きながら生きるということは、その子を忘れないということでもあり、悲しみの中・涙の中に、亡くなった息子さんがいるということでもあるのでしょうね・・・
だから、死ぬまで泣く・・・泣いて忘れるのではなく、泣きながら死者と共に生きることを、母親が遺言として、伝え・教えてくれはったんでしょうね。。。
悲しみを我慢することなく死ぬまで泣ける・・・この言葉は、身近な人を亡くして人にとっては「真言」なんでしょうね!!!
「あんたも、死ぬまで泣きなよ!!!」いや・いや・・・すごいことを言いはる人がおりはりますね・・・
Hさんには、この言葉の中に「お母さんも・息子さん」もいてはるっちゅうことやな。。。
今日16日はHさんとこへ朝からお参りに・・・
で、今日は祥月命日。。。
一緒に正信偈をお勤めし、いつものように四方山話・・・でも、高校生で亡くなった息子さんの話に当然なるわな。。。祥月やもん・・・
で、その息子さんは、もう20年以上も前に亡くなってはるんやけど、同級生の子らが、毎年欠かさずお墓参りに来てくれていて、今朝も、お墓に参ってきたら、その彼らがお花を供えてくれていた・・・そうです。。。
そんな話を聞いていると、Hさんのお母さんが、99歳で亡くなる時に「あんたも、死ぬまで泣きなよ!!!」って言われたんやと教えてくれはりました・・・
そのお母さんも、息子さんを戦死で、亡くされていて、自分が亡くなるまで息子さんのことを思いながら、そして涙しながら生きて来はってて、Hさんも息子さんを亡くしてまだ、2年ほどしかたっていない時に、こう言われた・・・っと。。。
「あんたも、死ぬまで泣きなよ!!!」この言葉が、ず〜〜〜っと残っている・・・っと。。。
泣きながら生きるということは、その子を忘れないということでもあり、悲しみの中・涙の中に、亡くなった息子さんがいるということでもあるのでしょうね・・・
だから、死ぬまで泣く・・・泣いて忘れるのではなく、泣きながら死者と共に生きることを、母親が遺言として、伝え・教えてくれはったんでしょうね。。。
悲しみを我慢することなく死ぬまで泣ける・・・この言葉は、身近な人を亡くして人にとっては「真言」なんでしょうね!!!
「あんたも、死ぬまで泣きなよ!!!」いや・いや・・・すごいことを言いはる人がおりはりますね・・・
Hさんには、この言葉の中に「お母さんも・息子さん」もいてはるっちゅうことやな。。。
2012年05月15日
放射能を避ける母子保養支援報告・・・そのU(写真)
2012年05月14日
放射能を避ける母子保養支援報告・・・
放射能を避ける母子保養支援報告・・・
春の保養が終了した。
4月23日最後の家族が帰り、光円寺はガランとした。滞在期日は色々で、約一ヶ月の滞在期間だったが、お母さん達がつながって、こどもたちがよく遊びとても充実した日々だった。
車の手配、送迎、食材の提供、こどもの守り、おやつ作り、マッサージ、アートセラピー、プロセスワーク、毎日のお朝事(本堂での勤行と、法話、感話)など色々な尽力に感謝。
お母さん達はこの一年こどもを守ってくることで精一杯だったけど、日常を離れ、共同生活で協力し合い、情報交換し合い、安心してお互いの気持ちを分け合い、保養も様々な意味で深まったようだ。
力をつけて厳しい日常へ帰っていかれた。
こどもたちも慣れない環境で、お朝事や掃除も参加し、協同生活のストレスを耐えて、一回り成長したように思われた。何といっても、「安心して外に出られる」という、こどもにとって欠かすことのできない世界があるということ・・・。
それがない日常を暮らしているこどもたちが、思い切り遊べた、普通に暮らせたということだった。
ガイガーカウンターで0.1μSv/h以上の数値で放射能数値が上がっているのかと心配していたが、高性能の放射能測定器で光円寺をアチラコチラ測ってもらったところ、場所によって数値が変化しないということから、放射性物質の汚染はないと結論が出た。花崗岩が多いとかで関西はもともとの放射線量が高いそうだ。
関東に比べ5倍くらい。関東は0.02とかだったのが今その一〇倍以上になっているとのこと。とにかく側溝や雨樋の下が高かったりすると、放射性物質が降っているということになるが、そういう違いがなかったのだ。
汚染がないとわかったので、地元の野菜等は安心して提供できた。他の食材も放射能検査に力を入れるコープ自然派にも色々問い合わせ、安全の確認をしてもらった。
初期被曝をしているかもしれないのだからゼロベクレルでなければ。消費者が質問することで、担当者も意識がアップし、安価で安心できる自然派の商品が確保できることにつながる。
放射能に関しては、誰もが未経験だから、一緒に勉強して行かなければならない。できるだけ多くの人がその必要性に目覚め、こどもを守ってくれるようにと願う。親以外守ってくれる人はいない。
政府のすることを見れば今まで通りに暮らしていたら、こどもを被曝させてしまう。注意深くこどもを守ろうとする母たちがいれば、世の中は変わる。
しかしそれは日常的に大変難しいことになって来ている。見えない聞こえない匂わない痛くない、被害は未来にある放射能の害を認識することはとても難しい。
病気という形で被害が来たとしても、放射能との因果関係は隠され続けているから、正確には証明されない。未来の危険性よりも、今手放すことができないものが人間にはたくさんある。
汚染されたから、そこを離れるということはそんなに簡単ではない。土地、人間関係は特に大きなものだろう。土地に根付いていればいるほど難しいことだ。
家族、親族、周囲の人との日常の中で、意見が分かれ、小さなことで対立が生じる。公的な機関が全て政府の指示に従って、放射能の被害を過小評価するのだ。多くの人が、政府の言うことはもう信頼できないとわかっているのに、それを信用しようとする。
その中で、危険性に目をつむることなく、こどもを守る行動をするお母さんが、どれほど大変かは想像がつく。周囲から一様にノイローゼと「診断]され孤立し苦悩している。
今回たまたまプロセスワーカー桐山岳大さんが来られ、こどもたちが寝静まってから、プロセスワークのグループワークをした。
プロセスワークはその人に起きようとしている何かのプロセスを尊重し、それを言葉だけでなく、身ぶり、夢、人間関係、身体症状などに表現されるものから、それをピックアップし、役割として表現してみることの中で、今まで閉じ込められていた視点から少し離れて、風を通し、おのずから導かれる答えを本人が出して行くことをサポートするというような活動だ。
まさにこの一年、大変な状況で過ごしてきたお母さん達の、具体的な苦しみを入り口に、問題の本質に迫り、皆さん自分に出会い、新たな方向性を見つけるという展開があった。
プロセスワークのグループでは、今後そういった取り組みを保養に提案、提供する予定だ。大変有効な取り組みだと思った。
会計面では、生活費は実費をもらい、交通費は新幹線片道分を補助した。総勢21人を招いたが、乳幼児の交通費はお母さんといっしょでいらないので、ずいぶんと効率的に補助ができた。
冬の保養のカンパ残金から、交通費補助一四四、四七0円を使いました。福島からの参加がなかったので、約五万円があまり、福島に診療所(放射能に対応してくれる)を作るということ、TEAM二本松ホールボディーカウンター購入のカンパにあてる。
本来公がすべきことを民間でやらざるを得ない、逆にそれが本当の意味で「公」となる活動に力を寄せたい。
春の保養が終了した。
4月23日最後の家族が帰り、光円寺はガランとした。滞在期日は色々で、約一ヶ月の滞在期間だったが、お母さん達がつながって、こどもたちがよく遊びとても充実した日々だった。
車の手配、送迎、食材の提供、こどもの守り、おやつ作り、マッサージ、アートセラピー、プロセスワーク、毎日のお朝事(本堂での勤行と、法話、感話)など色々な尽力に感謝。
お母さん達はこの一年こどもを守ってくることで精一杯だったけど、日常を離れ、共同生活で協力し合い、情報交換し合い、安心してお互いの気持ちを分け合い、保養も様々な意味で深まったようだ。
力をつけて厳しい日常へ帰っていかれた。
こどもたちも慣れない環境で、お朝事や掃除も参加し、協同生活のストレスを耐えて、一回り成長したように思われた。何といっても、「安心して外に出られる」という、こどもにとって欠かすことのできない世界があるということ・・・。
それがない日常を暮らしているこどもたちが、思い切り遊べた、普通に暮らせたということだった。
ガイガーカウンターで0.1μSv/h以上の数値で放射能数値が上がっているのかと心配していたが、高性能の放射能測定器で光円寺をアチラコチラ測ってもらったところ、場所によって数値が変化しないということから、放射性物質の汚染はないと結論が出た。花崗岩が多いとかで関西はもともとの放射線量が高いそうだ。
関東に比べ5倍くらい。関東は0.02とかだったのが今その一〇倍以上になっているとのこと。とにかく側溝や雨樋の下が高かったりすると、放射性物質が降っているということになるが、そういう違いがなかったのだ。
汚染がないとわかったので、地元の野菜等は安心して提供できた。他の食材も放射能検査に力を入れるコープ自然派にも色々問い合わせ、安全の確認をしてもらった。
初期被曝をしているかもしれないのだからゼロベクレルでなければ。消費者が質問することで、担当者も意識がアップし、安価で安心できる自然派の商品が確保できることにつながる。
放射能に関しては、誰もが未経験だから、一緒に勉強して行かなければならない。できるだけ多くの人がその必要性に目覚め、こどもを守ってくれるようにと願う。親以外守ってくれる人はいない。
政府のすることを見れば今まで通りに暮らしていたら、こどもを被曝させてしまう。注意深くこどもを守ろうとする母たちがいれば、世の中は変わる。
しかしそれは日常的に大変難しいことになって来ている。見えない聞こえない匂わない痛くない、被害は未来にある放射能の害を認識することはとても難しい。
病気という形で被害が来たとしても、放射能との因果関係は隠され続けているから、正確には証明されない。未来の危険性よりも、今手放すことができないものが人間にはたくさんある。
汚染されたから、そこを離れるということはそんなに簡単ではない。土地、人間関係は特に大きなものだろう。土地に根付いていればいるほど難しいことだ。
家族、親族、周囲の人との日常の中で、意見が分かれ、小さなことで対立が生じる。公的な機関が全て政府の指示に従って、放射能の被害を過小評価するのだ。多くの人が、政府の言うことはもう信頼できないとわかっているのに、それを信用しようとする。
その中で、危険性に目をつむることなく、こどもを守る行動をするお母さんが、どれほど大変かは想像がつく。周囲から一様にノイローゼと「診断]され孤立し苦悩している。
今回たまたまプロセスワーカー桐山岳大さんが来られ、こどもたちが寝静まってから、プロセスワークのグループワークをした。
プロセスワークはその人に起きようとしている何かのプロセスを尊重し、それを言葉だけでなく、身ぶり、夢、人間関係、身体症状などに表現されるものから、それをピックアップし、役割として表現してみることの中で、今まで閉じ込められていた視点から少し離れて、風を通し、おのずから導かれる答えを本人が出して行くことをサポートするというような活動だ。
まさにこの一年、大変な状況で過ごしてきたお母さん達の、具体的な苦しみを入り口に、問題の本質に迫り、皆さん自分に出会い、新たな方向性を見つけるという展開があった。
プロセスワークのグループでは、今後そういった取り組みを保養に提案、提供する予定だ。大変有効な取り組みだと思った。
会計面では、生活費は実費をもらい、交通費は新幹線片道分を補助した。総勢21人を招いたが、乳幼児の交通費はお母さんといっしょでいらないので、ずいぶんと効率的に補助ができた。
冬の保養のカンパ残金から、交通費補助一四四、四七0円を使いました。福島からの参加がなかったので、約五万円があまり、福島に診療所(放射能に対応してくれる)を作るということ、TEAM二本松ホールボディーカウンター購入のカンパにあてる。
本来公がすべきことを民間でやらざるを得ない、逆にそれが本当の意味で「公」となる活動に力を寄せたい。
2012年05月13日
仏 教 徒 宣 言 (その九十九)
仏 教 徒 宣 言 (その九十九)
風薫る五月、この風に気持ちよく身を預けている人もあるのでしょうが、昨年から、この風によって運ばれる花粉や塵・埃に取り付いた放射性物質による内部被曝を心配される人も居られる中、先日、五日の子供の日を迎えました。
奇しくもこの日は、全原発停止となり、これから子供のことを思えばこの国では原発の電気は、いらないのだということが表現されたかのようでした。
しかし、この日にたどり着くまでに大変な事態を経験し、今尚、被ばくの不安を抱え、怯え苦しむ生活を私たちは、強いられています。振り返れば、大阪の万国博覧会に「原子の灯」が点されてから四十二年、その間、安全神話と経済至上主義の下、五十四基もの原発が日本列島を取り囲むように林立していったのです。
そして殆んどの国民は放射能の怖さ・原発の危うさ、原発事故の甚大さ・被ばくの恐ろしさ・深刻さを、知らされることなく、同時に知ろうともせずに生活をしてきたのです。が、福島原発の事故が、今までの私たちの生活全てが、虚構の上に成り立っていたということを、白日のもとに晒しだしたのです。
だから、三・一一の原発事故以降、日本各地で被曝を強いる原発の存在そのものを問い、考える人たちが増え続けているのです。それに気付いた人が、行動してきた当然の結果として、「全原発停止」が実現したと言えるのでしょう。そして、次のステップ「廃炉」に向け表現し続けています。
しかし、原発を再稼働させる思惑を持った人たちの世間に対する働きかけも、萎えることはないようです。「この夏、集団自殺するようなものだ。」とか「計画停電」と言った、脅しとも言える言葉でもってなりふり構わず必要性を強調しています。原発の不要・必要と、どちらも同じ人間同士の中で起こっています。
そうするとこの対立はどこから起こってきているのでしょうか。不要の立場を取っている人たちの多くは「いのち」が傷つけられ、奪われかねない。特に小さな子どもたちの未来に、立場に身を置き表明し、逆に必要の立場を守ろうとしている人たちは「経済」が大事だということで必要性を迫っています。
この経済の基盤をなすのが安定した電気の供給だと言い、それを担ってきたのが原発で、より安全に安全を重ねながら「安全な原発」から動かしていくことが日本の経済、延いては個々の生活の向上に継って行く。そんな青写真が描かれているのです。が、そもそも「経済活動」と「いのち」を並列して二者択一的な発想・思考が問われるべきなのではないでしょうか。
本当に大切に守っていかなければならない「一大事」を見失った、こんな私のあり方を仏教では、「濁」という言葉で教えています。阿弥陀経に、「五濁」が説かれ、「劫濁」「見濁」「煩悩濁」「衆生濁」「命濁」とあります。濁りと言うと、黒く濁るとか、白濁をイメージします。
河川でも雨がたくさん降ったあとは泥が混ざり込んで濁流と化し、川底も中の様子も何も見えなくなる。又、白内障を患った人は、白く霞んで見えにくくなったと聞きます。このように、濁りは物事をはっきりと見極めることを妨げるということです。又、留まったり停止したりすることが、濁りを生み出します。
それは、原発安全神話や必要神話・を信じて思考停止に陥ってしまう、大きく多数という方に偏ろうとするものが私の中に宿っていることを知らされます。濁りによって私が見るべきものを見失い、聞くべきことを聞き漏らし、感じるべきことに不感症になってしまっている。
そんな私になってはいないかという事を、五つの濁りが教えます。
「劫濁」とは、現代という時代そのものが濁っている。まさに今、見えない放射能に侵され、濁ってることさえも判らなくなった現代を現しています。
そしてその放射能被曝に対して様々な見解が飛び交い、益々人が翻弄されてしまっているありさまが「見濁」です。次に、貪り・怒り・人の浅ましさが露になり煩悩に因って人間関係が分断されてしまう「煩悩濁」。
「衆生濁」とは、人間としての資質が低下し、お互いの違いを認め合ったり、尊重出来なくなり、人間の器が小さくなってしまう。そして、放射能による被ばくで、命が傷つき蝕まれ当たり前にいのちが終わっていく、全うすることが困難になってしまったのが「命濁」だ。と言い当てています。
まさに五濁に染まった私に、念仏がはたらきかけます。濁りの中に押し込められた現実を見・聞き・感じよと。
南無阿弥陀仏 釋明照

風薫る五月、この風に気持ちよく身を預けている人もあるのでしょうが、昨年から、この風によって運ばれる花粉や塵・埃に取り付いた放射性物質による内部被曝を心配される人も居られる中、先日、五日の子供の日を迎えました。
奇しくもこの日は、全原発停止となり、これから子供のことを思えばこの国では原発の電気は、いらないのだということが表現されたかのようでした。
しかし、この日にたどり着くまでに大変な事態を経験し、今尚、被ばくの不安を抱え、怯え苦しむ生活を私たちは、強いられています。振り返れば、大阪の万国博覧会に「原子の灯」が点されてから四十二年、その間、安全神話と経済至上主義の下、五十四基もの原発が日本列島を取り囲むように林立していったのです。
そして殆んどの国民は放射能の怖さ・原発の危うさ、原発事故の甚大さ・被ばくの恐ろしさ・深刻さを、知らされることなく、同時に知ろうともせずに生活をしてきたのです。が、福島原発の事故が、今までの私たちの生活全てが、虚構の上に成り立っていたということを、白日のもとに晒しだしたのです。
だから、三・一一の原発事故以降、日本各地で被曝を強いる原発の存在そのものを問い、考える人たちが増え続けているのです。それに気付いた人が、行動してきた当然の結果として、「全原発停止」が実現したと言えるのでしょう。そして、次のステップ「廃炉」に向け表現し続けています。
しかし、原発を再稼働させる思惑を持った人たちの世間に対する働きかけも、萎えることはないようです。「この夏、集団自殺するようなものだ。」とか「計画停電」と言った、脅しとも言える言葉でもってなりふり構わず必要性を強調しています。原発の不要・必要と、どちらも同じ人間同士の中で起こっています。
そうするとこの対立はどこから起こってきているのでしょうか。不要の立場を取っている人たちの多くは「いのち」が傷つけられ、奪われかねない。特に小さな子どもたちの未来に、立場に身を置き表明し、逆に必要の立場を守ろうとしている人たちは「経済」が大事だということで必要性を迫っています。
この経済の基盤をなすのが安定した電気の供給だと言い、それを担ってきたのが原発で、より安全に安全を重ねながら「安全な原発」から動かしていくことが日本の経済、延いては個々の生活の向上に継って行く。そんな青写真が描かれているのです。が、そもそも「経済活動」と「いのち」を並列して二者択一的な発想・思考が問われるべきなのではないでしょうか。
本当に大切に守っていかなければならない「一大事」を見失った、こんな私のあり方を仏教では、「濁」という言葉で教えています。阿弥陀経に、「五濁」が説かれ、「劫濁」「見濁」「煩悩濁」「衆生濁」「命濁」とあります。濁りと言うと、黒く濁るとか、白濁をイメージします。
河川でも雨がたくさん降ったあとは泥が混ざり込んで濁流と化し、川底も中の様子も何も見えなくなる。又、白内障を患った人は、白く霞んで見えにくくなったと聞きます。このように、濁りは物事をはっきりと見極めることを妨げるということです。又、留まったり停止したりすることが、濁りを生み出します。
それは、原発安全神話や必要神話・を信じて思考停止に陥ってしまう、大きく多数という方に偏ろうとするものが私の中に宿っていることを知らされます。濁りによって私が見るべきものを見失い、聞くべきことを聞き漏らし、感じるべきことに不感症になってしまっている。
そんな私になってはいないかという事を、五つの濁りが教えます。
「劫濁」とは、現代という時代そのものが濁っている。まさに今、見えない放射能に侵され、濁ってることさえも判らなくなった現代を現しています。
そしてその放射能被曝に対して様々な見解が飛び交い、益々人が翻弄されてしまっているありさまが「見濁」です。次に、貪り・怒り・人の浅ましさが露になり煩悩に因って人間関係が分断されてしまう「煩悩濁」。
「衆生濁」とは、人間としての資質が低下し、お互いの違いを認め合ったり、尊重出来なくなり、人間の器が小さくなってしまう。そして、放射能による被ばくで、命が傷つき蝕まれ当たり前にいのちが終わっていく、全うすることが困難になってしまったのが「命濁」だ。と言い当てています。
まさに五濁に染まった私に、念仏がはたらきかけます。濁りの中に押し込められた現実を見・聞き・感じよと。
南無阿弥陀仏 釋明照
2012年05月12日
本堂から雨音が・・・
本堂から雨音が・・・
ホンマに、ビックリもんで、3月末の新らしい世話人会の前の日に、本堂から雨が漏っているのが分かって、よぉ〜〜〜く見ると以前から漏っていたようで・・・
そのことについて、先日、N工務店から見積書が届き、急遽、臨時の世話人会を今日開くことになって、「雨漏り」のことだから、できるだけ早く手を打たない、とどんどん・どんどん・と傷んでいく・・・
ということで、今、会計にどれだけの残があるのか???
で、特別会計内での見積もりということで、明日N工務店に工事の依頼に総代のNさんと行くことが了承されました。。。
40年ほど前に、銅板の屋根に葺き替えた時は、もうこれで末代まで屋根をさわらなくてもいい・・・と、当時の関係者の人たちは言ってはりましたが・・・
時代が移り、銅板は酸性雨で傷みやすく、今では、銅板は敬遠されているようです。。。
でも、とりあえず、雨漏りを直しておかないと、取り返しのつかないことになってしまうので・・・工事をしておかないとね!!!です。。。
ホンマに、ビックリもんで、3月末の新らしい世話人会の前の日に、本堂から雨が漏っているのが分かって、よぉ〜〜〜く見ると以前から漏っていたようで・・・
そのことについて、先日、N工務店から見積書が届き、急遽、臨時の世話人会を今日開くことになって、「雨漏り」のことだから、できるだけ早く手を打たない、とどんどん・どんどん・と傷んでいく・・・
ということで、今、会計にどれだけの残があるのか???
で、特別会計内での見積もりということで、明日N工務店に工事の依頼に総代のNさんと行くことが了承されました。。。
40年ほど前に、銅板の屋根に葺き替えた時は、もうこれで末代まで屋根をさわらなくてもいい・・・と、当時の関係者の人たちは言ってはりましたが・・・
時代が移り、銅板は酸性雨で傷みやすく、今では、銅板は敬遠されているようです。。。
でも、とりあえず、雨漏りを直しておかないと、取り返しのつかないことになってしまうので・・・工事をしておかないとね!!!です。。。
2012年05月11日
根っこが生きてれば芽が出てくる・・・
根っこが生きてれば芽が出てくる・・・
ほんまにこの時期、草が元気というか、どんどん・どんどん、いくらでものびる・・・
先日、ふらっと寄って来はったおじさんと草引きをしたところも、もうそれなりに芽が出て伸びてきています・・・
綺麗になったなと思っていたら、いつの間にか緑の芽があちこちにポツポツ・・・ぽつぽつ・・・と・・・
で、お昼から天気も良かったので、少し草引きを・・・
色んな草が生えているのですが、何といっても「どくだみ」・・・これは根が深く、上の葉だけを抜いても、少しでも根が残っていればそこからまた伸びてくる・・・どんどん・どんどん・・・と。。。
密集して生えるているのは、一つ一つの茎に葉っぱが付いていて、上ではバラバラで伸びているが、根っこではお互いに引っ付いているようで、根を引っ張り上げると、上で引っ付いているのがよく分かります。。。
でもって、出来るだけ根を残さないように、深く掘り下げて引っこ抜くように抜き切るように・・・
でも、中々思うようにいかないのが、草引きで・・・結局、出来る範囲で出来ることをやる・・・
でもって、またその内に根が残っていれば生えてくる・・・
根っこだけになっていても、そのうちきっちり芽が出て、放っておくとちゃんと立派な草に成長しているということになっている・・・
ほんまに、根っこが生きてれば・・・草は出てくる・・・
で、こんなことの繰り返しを毎年せんとアカンっちゅうことや・・・
まぁ〜〜〜まだ始まったばっかりやけどね。。。
ほんまにこの時期、草が元気というか、どんどん・どんどん、いくらでものびる・・・
先日、ふらっと寄って来はったおじさんと草引きをしたところも、もうそれなりに芽が出て伸びてきています・・・
綺麗になったなと思っていたら、いつの間にか緑の芽があちこちにポツポツ・・・ぽつぽつ・・・と・・・
で、お昼から天気も良かったので、少し草引きを・・・
色んな草が生えているのですが、何といっても「どくだみ」・・・これは根が深く、上の葉だけを抜いても、少しでも根が残っていればそこからまた伸びてくる・・・どんどん・どんどん・・・と。。。
密集して生えるているのは、一つ一つの茎に葉っぱが付いていて、上ではバラバラで伸びているが、根っこではお互いに引っ付いているようで、根を引っ張り上げると、上で引っ付いているのがよく分かります。。。
でもって、出来るだけ根を残さないように、深く掘り下げて引っこ抜くように抜き切るように・・・
でも、中々思うようにいかないのが、草引きで・・・結局、出来る範囲で出来ることをやる・・・
でもって、またその内に根が残っていれば生えてくる・・・
根っこだけになっていても、そのうちきっちり芽が出て、放っておくとちゃんと立派な草に成長しているということになっている・・・
ほんまに、根っこが生きてれば・・・草は出てくる・・・
で、こんなことの繰り返しを毎年せんとアカンっちゅうことや・・・
まぁ〜〜〜まだ始まったばっかりやけどね。。。
2012年05月10日
ねぶたいわ・・・
2012年05月09日
今日のお通夜のお話・・・
今日のお通夜のお話・・・
今日は、7組の西勝寺の99才のおばあさん(前・前坊守)が亡くなられお通夜がありました。。。
で、そのお通夜での法話で、「生前中は色々とお世話になりました・・・」って、挨拶をよく聞くけど、亡くなりはった人の「生前中」というのは???
生まれる前ってどこのことを言っているんでしょうね・・・って話で、99才のおばあさんの生まれる前って、お母さんの子宮の中???か???
娑婆世界に生まれて、99年生ききって、そして浄土に往生しはったんですよ・・・っと。阿弥陀の浄土に還って行きはったんだと・・・
浄土に生まれはったんです。。。で、その生まれる前は娑婆で、その娑婆世界で、たくさんの有縁の人にお世話になったんだ!!!
だから、阿弥陀の浄土に生まれる前の「生前」ということなんですよ。。。
で、凡てのいのちが還っていく世界を浄土真宗では「阿弥陀の浄土」と教えているのですよ・・・
その阿弥陀の浄土に南無阿弥陀仏の念仏と共に生まれて往きはったのです・・・というお話でした。。。
今日は、7組の西勝寺の99才のおばあさん(前・前坊守)が亡くなられお通夜がありました。。。
で、そのお通夜での法話で、「生前中は色々とお世話になりました・・・」って、挨拶をよく聞くけど、亡くなりはった人の「生前中」というのは???
生まれる前ってどこのことを言っているんでしょうね・・・って話で、99才のおばあさんの生まれる前って、お母さんの子宮の中???か???
娑婆世界に生まれて、99年生ききって、そして浄土に往生しはったんですよ・・・っと。阿弥陀の浄土に還って行きはったんだと・・・
浄土に生まれはったんです。。。で、その生まれる前は娑婆で、その娑婆世界で、たくさんの有縁の人にお世話になったんだ!!!
だから、阿弥陀の浄土に生まれる前の「生前」ということなんですよ。。。
で、凡てのいのちが還っていく世界を浄土真宗では「阿弥陀の浄土」と教えているのですよ・・・
その阿弥陀の浄土に南無阿弥陀仏の念仏と共に生まれて往きはったのです・・・というお話でした。。。
2012年05月08日
お〜〜〜っと、こいつは・・・
お〜〜〜っと、こいつは・・・
昨日、村の門徒さんのお葬式で、還骨後にいつものように、初七日を一緒にしたいので、という相談を受けていたので・・・
これまた、いつものように、お話を・・・
ここ10年ほど前までは、人が亡くなられその後、枕直し・お通夜・お葬式・還骨・・・そして、初・七日、二・七日、三・七日、四・七日、五・七日、六・七日、七・7日(満中陰)・・・と、中陰を勤めて来ました・・・
ということは、過去何百年もこのように亡くなった人との関係を結んできたということです。。。それが、ここ10年ほどで葬式・仏事を簡略化される流れに流されて、お葬式・還骨後に初・七日も一緒に勤めようということが、当たり前のように言われ始めています・・・
が、一昔前にはそんな話が出ると、年配者が「何を変なことを言ってるのだ!!!」と一言あったのでしょうが、それが若いモンの言うことに従う・・・みたいな雰囲気があって「嫌ごと」を口にする人がいなくなってしまったのもこの流れに拍車をかけてしまったのでしょうね。。。
で、これは誰のために行う仏事なのかということを確認することが大事ですよね。。。初・七日を誰のために勤めるのか???ですよね。。。
多くは、遠方の親戚が、初・七日にお参りできないからということです・・・ということは遠方の親戚のために初・七日をすることになりますね・・・
これって、どうよ!!!ってことになりませんか???
七日、七日は身近な人を亡くした人が、その人の死を受け入れ、悲しみの中から歩み始めるために、仏の教えに尋ね、亡き人を心に刻み直していく行く大事な期間で、一人ひとりが、生前に築いてきた関係にプラス亡くなられたことによって築き上げる新たな関係を結び直して行くのが中陰中です。。。
だから、誰かのための七日参りではなく、自分と死者との関係を築くための七日参りなんです・・・
で、そんな話をして結局、初・七日は初・七日にすることになったのです・・・
が、時間も日も決めたのに、組内のお寺の前・前坊守さんが亡くなられたという連絡が入り、その日のその時間にお葬式が重なってしまいました・・・
で、時間の変更の相談をしたら、遠方の娘さんがその日のその時間に合わせてお参りするために段取りをしてしまってはって、どうしても日帰りするのにはその時間でしかない。。。ということで、急遽、今日、お参りすることになってしまいました・・・
あれだけいろいろとお話を聞いて、七日参りは、自分たちの都合で行うものではないと、自分も納得したのに・・・で、こんなことになってしまって・・・っと・・・
でも、まぁ〜〜〜こんなこともあるよね!!!でした。。。
あたいも、時間を調整できたら・・・でしたが、どうも、無理でしたね。。。
で、今回は、お〜〜〜っと、こいつは・・・になってしまいました・・・
昨日、村の門徒さんのお葬式で、還骨後にいつものように、初七日を一緒にしたいので、という相談を受けていたので・・・
これまた、いつものように、お話を・・・
ここ10年ほど前までは、人が亡くなられその後、枕直し・お通夜・お葬式・還骨・・・そして、初・七日、二・七日、三・七日、四・七日、五・七日、六・七日、七・7日(満中陰)・・・と、中陰を勤めて来ました・・・
ということは、過去何百年もこのように亡くなった人との関係を結んできたということです。。。それが、ここ10年ほどで葬式・仏事を簡略化される流れに流されて、お葬式・還骨後に初・七日も一緒に勤めようということが、当たり前のように言われ始めています・・・
が、一昔前にはそんな話が出ると、年配者が「何を変なことを言ってるのだ!!!」と一言あったのでしょうが、それが若いモンの言うことに従う・・・みたいな雰囲気があって「嫌ごと」を口にする人がいなくなってしまったのもこの流れに拍車をかけてしまったのでしょうね。。。
で、これは誰のために行う仏事なのかということを確認することが大事ですよね。。。初・七日を誰のために勤めるのか???ですよね。。。
多くは、遠方の親戚が、初・七日にお参りできないからということです・・・ということは遠方の親戚のために初・七日をすることになりますね・・・
これって、どうよ!!!ってことになりませんか???
七日、七日は身近な人を亡くした人が、その人の死を受け入れ、悲しみの中から歩み始めるために、仏の教えに尋ね、亡き人を心に刻み直していく行く大事な期間で、一人ひとりが、生前に築いてきた関係にプラス亡くなられたことによって築き上げる新たな関係を結び直して行くのが中陰中です。。。
だから、誰かのための七日参りではなく、自分と死者との関係を築くための七日参りなんです・・・
で、そんな話をして結局、初・七日は初・七日にすることになったのです・・・
が、時間も日も決めたのに、組内のお寺の前・前坊守さんが亡くなられたという連絡が入り、その日のその時間にお葬式が重なってしまいました・・・
で、時間の変更の相談をしたら、遠方の娘さんがその日のその時間に合わせてお参りするために段取りをしてしまってはって、どうしても日帰りするのにはその時間でしかない。。。ということで、急遽、今日、お参りすることになってしまいました・・・
あれだけいろいろとお話を聞いて、七日参りは、自分たちの都合で行うものではないと、自分も納得したのに・・・で、こんなことになってしまって・・・っと・・・
でも、まぁ〜〜〜こんなこともあるよね!!!でした。。。
あたいも、時間を調整できたら・・・でしたが、どうも、無理でしたね。。。
で、今回は、お〜〜〜っと、こいつは・・・になってしまいました・・・

